和島村


遍澄和尚の生まれた土地です。
良寛さんと貞心尼の出会いの場、能登屋木村家があります。
そして、良寛さんはここで亡くなりました。
良寛さんが五合庵から里の木村家に住むことになったのは
遍澄和尚の紹介によります。


木村家「維宝堂」(非公開)
  新潟県三島郡和島村大字島崎
  JR越後線小島谷駅下車徒歩15分

良寛さんと貞心尼が初めて出会った場所です。
そして多くの歌がここでやりとりされました。
出会ったのもこの木小屋(大工さんの仕事場)でした。
良寛さんはここで亡くなりました。(天保二年(1831)七十四歳)
この門を入ってすぐ右側に良寛さんが住んだ木小屋がありましたが、今はありません。
その跡には「良寛禅師庵室跡」の石碑が建っているだけです。
この家の土蔵を「維宝堂」と言って、良寛さんの遺品・遺墨が多数展示されています。
しかし、現在は非公開になっております。

君にかく相見ることの嬉しさも
        まだ覚めやらぬ夢かとぞ思う    貞心
 

夢の世にかつまどろみて夢をまた
        語るも夢もそれがまにまに     良寛


天保二年の正月六日に
良寛さんは木村邸で亡くなりました。

良寛さんは、もちろん、木村家の主人や愛弟子とも言われた
貞心尼・遍澄和尚に看取られました。
良寛さんの最後の枕は遍澄和尚の膝だったということです。
物言わぬ良寛さんでしたが、遍澄和尚への思いが伝わってくるようです。


良寛の墓
     墓碑名は弟・由之が書いたものです。

木村家のすぐ近くに隆泉寺というお寺ががあります。
良寛さんの墓はここにあります。
良寛さんの死後二年目に建てられました。
良寛さん自身に言わせれば、立派すぎるほど豪勢な墓です。
それというのも、当時の人たちに慕われた、
一つの表れではないでしょうか。
また、隆泉寺境内には等身大の托鉢姿の良寛銅像(滝川美一作)もあります。
  
  

良寛の里美術館
  新潟県三島郡和島村大字島崎3938番地
(TEL 0258-74-3700)

平成三年にオープン。約三万平方メートルという広大な敷地に、
美術館・歴史民俗資料館・レストラン・土産獲物店・茶室などを
備えた総合施設です。美術館では良寛と貞心尼の詩歌・詩歌が展示してあります。

このみやの もりのこしたに こどもらと
 あそぶはるひは くれずともよし